2012年06月19日

習作:鯉精(1)


 雨のそぼ降る、水無月の夕暮れであった。

 大川へ掛かる橋には人気もなく、

 急ぎ足で西へと渡っていた男は、眼前へ立ち止まる何者かの気配を認めてふ、と足を留めた。
 差し掛けた傘の内から、色濃く濡れた小袖の裾が見えている。

「おい… おい。」

 己の声と共に、女がゆっくりと振り返るのを、男は見た。
 ぞっとするような、女であった。
 顔色は青白く、降りしきる雨に打たれる儘の髪は崩れ、ひら落ちた一筋が愁眉へ貼り付いている。

「なにをしているのだ。こんなところで……」

 

 雨は熄まずに、夜半まで降り続いていた。

 増水した大川の川下で、大魚と寄り添うようにして息絶えている男の亡骸が発見されたのは、その翌朝のことであった。


 雨の日、夕暮れごとに、女は橋へ佇んでいた。
 
posted by 水風抱月 at 03:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 未熟なる破片 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/275949157
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。